御 言 葉
いと高き神の子イエスかまわないでくれ。後生だから、苦しめないでほしい。
マルコによる福音書 5:7
私たちは、神様のこの私への愛を示していただきたいと願いながら、怠慢になっているところがありはしないでしょうか。願いながら、この私が身を削るようなことがあるのは望まないのです。神様が私にお与えになる苦難は、受け取りたくないのです。苦労はしたくない、損はしたくないでは、いつまでたっても、神様の声は聞けないままでしょう。苦難を受け取って、忍耐している時にこそ神の声が聞こえたとは、多くの信仰の先達が語る通りなのです。
自分がこの自分をどうすることも出来ず、このままでは坂を転げ落ちるばかりだと分かっていても、私たちには現状から抜け出すことへの恐れがこびりついたままなのです。「神よ、私にかまわないでくれ」そういう気持ちがどこかにこびりついているのです。やはり、犠牲をいとわず、思い切って真の救い主イエス・キリストに飛びついて行く勇気が私たちには必要です。他の誰もそれはしてくれません。私がしなければならないのです。人間は同じところにじっとしていたくてもそれが出来ません。前を向いて歩くか、それとも坂を転げ落ちていくばかりか。それならば、私たちは思い切ってイエス様に飛びつき、前進していった方がずっとよいと思います。たとえ、痛いことがたくさんありましても。実は、一番痛い思いをなさったのはイエス・キリスト、それは皆様もご存知の通りです。