御 言 葉
イスラエルの人々がモーセの顔を見ると、モーセの顔の肌は光を放っていた。モーセは、再び御前に行って主と語るまで顔に覆いを掛けた。
出エジプト記 34:35
モーセが神様から律法をいただいてシナイ山から下りてきて人々の前に立った時、その顔は神さまの栄光の照り返しで輝いていました。しかし、彼はその顔を人々の前では布で覆い隠しました。人々がその輝きに堪え得ないので、覆い隠したのでしょうか、さまざまに理由が考えられますが、とにかく覆わなければならなかったのです。そういう条項付きで人々の前に立ち、律法を知らせたのです。しかし、イエス様がある山に登られてその姿が栄光に輝いたとき、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの弟子たちはその輝くお姿を直接に見ることが出来ました。しかも、仮小屋を建てますからその中にお住まいくださいというペトロの申し出は退けられ、神殿のようなところに鎮座するどころか、イエス様は山を下りて積極的に群衆の中に入って行かれました。
確かに新しい時代が来たのです。覆いは取り払われ、私たちは何の条件も必要なく、直接に神様の栄光を受けることが出来るのです。しかも、栄光を受ける経験を重ねて、救い主と同じような姿に造り変えられるのです。(コリントⅡ 3:18)