私たちの救い主

御 言 葉

 ヨハネは、それを思いとどまらせようとして言った。「わたしこそ、あなたから洗礼を受けるべきなのに、あなたが、わたしのところへ来られたのですか。」

    マタイによる福音書 3:14


 イエス様は大工を職とするヨセフと妻マリアとの間に育ち、ごく普通のユダヤの民としての質素な暮らしを経てから、福音を告げ知らせ始めました。しかも、その前に、バプテスマのヨハネから悔い改めの洗礼を受けられました。イエス様はまったく罪のない方ですのに、神から離れやすいものを内に持っている一般の人々と変わらず、心を神の方に向ける悔い改めの洗礼を受けられたのです。そして、その直後に荒れ野に出て、サタンからさまざまな誘惑を受けられます。イエス様は食べなければ空腹を覚えるような(マタイ4:2)他と変わらない人間として誘惑を受け、神の御言葉に従ってこれを退けられました。そこには、人間としての戦いもあったはずです。
 私たちキリスト者は洗礼を受けてからも、あれこれ疑問を抱き信仰に揺らぎが生じることもあります。洗礼を受けてからも誘惑は絶えないのです。しかし、イエス様はこのような私たちと共に常に歩いてくださる方です。この方はごく普通の人間と同じ地平に立ち、人間の弱さがよく分かっている方です。しかも同時に、この方は十字架、栄光の復活を経て、すでに世に勝っている方(ヨハネ16:33)でもあります。たとえ私たちの信仰が揺らぐようなことがあっても、この方が支え、勝利に導いてくださることは自明なことなのです。

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