羊飼いの設けた柵

御 言 葉

 人を裁くな、あなたがたも裁かれないようにするためである。

   マタイによる福音書  7:1


 私たち自身が自分は強い、自分で何でもできると思っていても、神からご覧になったら、私たちはすぐに道に迷い、容易に溝に落ち込んでしまうような弱い羊です。狼に襲われれば、たちまちその犠牲になってもしまいます。自分で何でもできると思い込み、自分の力でやってきたつもりの長い人間の歴史はどのようなものだったでしょうか。争いと、悲惨さの繰り返しでした。現在の世界の有様もそれと変わりないようです。私たちは迷いやすい、道から逸れやすい、狼の攻撃も容易に防げない弱い羊なのです。その羊に対して、イエス様は「わたしは良い羊飼い、わたしは羊のために命を捨てる」(ヨハネ10:14~15)とおっしゃっています。この方は自分の命を捨ててまで(十字架にお付きになって)、羊を守ってくださる方です。羊のためにわざわざ神がこの地上によこしてくださった羊飼いです。ですから、この方が「・・・するな」(マタイ5~7章)と戒める場合、まことに厳しいとても守れないような戒めですけれども、実はそれは羊の群れを守るために設けられた柵なのです。弱い羊を守るためですから、柵は頑丈なのです。自分は弱い羊だと認めて、柵の中に入って、羊飼いに従っている限り、自分の力で何でもやれると思い込んできた人間とは異なって、私たちは安全に、相互を尊重し合って、自由に解放された気持ちで生きられるのです。

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